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亡くなった俳優がAIで映像化されたとき、遺族は何で守るか ― 類型別の対抗手段、死後に組み立てる体制、生前に作っておく3つの文書(私案)

法律相談・法的助言ではありません。この記事の手段の整理と文書案は筆者の私案で、確定した考えではなく、裁判で争われた場合に認められない可能性があります。前提として、日本法では肖像権と声をみだりに利用されない権利は死亡で消え、パブリシティ権の相続性は法務省の報告書(2026年8月)でも結論が出ていません。「」内は報告書の文言です。条文・判例は記憶に基づく部分があり、税務は検討していません。個別の事案に使う前に、原文の確認と個別の検討を前提にしてください。(2026年10月時点)

出発点 ― 遺族は「相続した権利」では戦えない

前の3本のノートで整理したとおり、遺族の手元に残るのは、①遺族自身の「敬愛追慕の情」、②管理の実体がある場合の不正競争防止法、③素材が使われた場合の著作権・著作隣接権と著作権法101条の3、④商標、⑤契約と各社の規約、の組み合わせです。AIによる映像化に対しては、どの手段がどの類型に効くかを先に分けておくと、発見したときに動きやすくなります。

AI映像の4類型と、効く手段

A 既存の映像・録音を改変したもの

出演作品の映像に別の台詞を合成する、顔だけ差し替える、といった類型です。第一の手段は、作品の著作権者(制作会社)の著作権と、実演家の死後の人格的利益(著作権法101条の3。遺族が116条で差止めを求められる)。第二が敬愛追慕の情。届きにくい点は、遺族自身は作品の著作権を持たないことが多く、制作会社が動かなければ手段を失うことです。だから制作会社との連携が要ります。

B 素材を使わず新規に生成したもの(敬意ある態様・商業目的)

故人そっくりの人物が新作で演技する動画、広告への起用、といった類型です。報告書の想定事例6がこれに当たり、パブリシティ権は相続性次第、不正競争防止法は「プロダクション等の管理者を中心とした商品化グループの商品等表示」として管理されているかどうか次第、と整理されています。管理の実体がなければ、現行法で止める手段はほぼありません。広告であれば、推奨と誤認させる表示として景品表示法の観点から行政に申し出る道、名前・芸名を使っていれば商標の道があります。

C 侮辱的・性的・生前の立場と矛盾する発言をさせるもの

性的な合成、生前の立場に反する政治的発言、故人を使った詐欺広告などです。ここは敬愛追慕の情が最も効きます。報告書は想定事例7(性的合成)について「遺族の X に対する敬愛追慕の情を、社会生活上受忍すべき限度を超えて侵害するものであると評価される可能性が高い」とし、収益目的の有無は「侵害の成否に直ちに影響するものではな」く、故人が一般人でも大きな差はないとしています。虚偽の事実を示すものなら刑法230条2項(死者の名誉毀損)も視野に入り、遺族に告訴権があります。詐欺広告は警察・消費者庁への申出も並行します。届きにくい点は、民事の救済が慰謝料中心で、差止めを認めた裁判例がまだないことです。

D AIサービスの宣伝・学習データの販売

「◯◯の顔・声を生成できる」とうたうサービスや、特定人物の学習データセットの販売です。報告書は、生存者について、これらが第1類型・第3類型に準ずる行為としてパブリシティ権侵害になり得ると整理していますが、故人では相続性が否定されればこの道は閉じます。残るのは、芸名の商標登録があれば商標、管理の実体があれば不正競争防止法、宣伝の態様が故人の尊厳を損なうなら敬愛追慕の情です。

死後に遺族が組み立てる体制(順番)

最初の90日 ― 決める・集める・残す

  • 遺族代表(承認権者)を一人決め、遺族間協定書を結ぶ。敬愛追慕の情は各遺族が固有に持つので対外的には一本化できませんが、内部で「代表を通さずに許諾しない」「請求は代表と協議して行う」と約束することで争いを減らします。
  • 権利と契約の棚卸し。出演契約・所属契約・レコード契約・写真の権利・SNSアカウント・ドメイン・商標の有無。出演契約に肖像利用の範囲やデジタルレプリカの条項があれば、死後の再現に及ぶかを確認します。
  • 公式に認めた利用の一覧を作る。これが「管理」の記録の起点になります。
  • 制作会社・レコード会社・所属事務所と、無断のAI再現を見つけたら相互に通知し、著作権者が削除請求し、遺族が敬愛追慕の情で並行する旨の覚書を結ぶ。

半年〜1年 ― 権利を「作る」

  • 商標登録。芸名・氏名・肖像・サインを、映像・音声・AIサービス・商品に関係する区分で、遺族または管理会社の名義で出願する。商標法4条1項8号の「他人」は現存者に限られますが、無関係な第三者の出願は7号・15号で拒絶され得る一方、遺族自身の出願は配偶者等の承諾の形を整えれば通る余地が大きいと考えます。登録があれば「AI◯◯」といったサービス名への使用に直接対抗できます。
  • 管理会社または一般社団法人を作り、権利と許諾の窓口にする。不正競争防止法の「営業上の利益を有する者」として自ら請求できる主体になります。
  • 「使う」か「使わせない」かを決める。使う(公式の企画・ライセンス・商品を続け、記録を残す)なら、不正競争防止法の周知性・著名性の基礎になり、同時に無断生成物の商業的価値を下げます。使わせない(方針を公表し、定款や協定に書く)なら、重心は敬愛追慕の情と商標・著作権に移りますが、公表した方針自体が「故人と遺族の意思に反する利用」の証拠になります。
  • 遺族が持つ写真・私的映像・音源の著作権・隣接権を管理会社に集め、カメラマンや制作会社から譲り受けられるものは譲り受ける。

継続 ― 監視・申出・記録

  • 芸名・氏名・作品名での定期検索、画像・音声の類似検索、通報窓口。発見日時を記録する。
  • 情報流通プラットフォーム対処法(2025年4月施行)に基づく削除申出と、各プラットフォームの合成メディア・故人に関する規約に基づく申立てを併用し、申出書を定型化する。
  • 申出と結果、公式利用、ライセンス、売上、報道を体系的に保存する。これが不正競争防止法の「管理」の実体であり、敬愛追慕の情の判断で考慮される「遺族と故人の関係」「利用の態様」を示す資料にもなります。

AI映像を見つけたときの手順

  • 保全:URL、投稿ID、日時、アカウント、再生数、収益化の有無、タイトル・説明欄・ハッシュタグ、コメント、動画・音源ファイルを、取得日時を証明できる形で。投稿者の自主削除で証拠が消えます。
  • 類型の判定:素材が使われているか(Aなら著作権者を動かす)、態様(Cなら敬愛追慕の情が中心)、宣伝か(D)。
  • 識別性の整理:報告書は、生成物自体の類似性と、タイトル・説明欄・作品名・役名・ハッシュタグ等の「本人を想起させる付加情報」を総合して、受け手が本人と識別できるかで判断する枠組みを示しています。付加情報は、不正競争防止法の「類似」「混同」にも、敬愛追慕の情の「故人の利用」の認定にも使えます。
  • 窓口への申出:プラットフォーム、広告なら広告主・媒体社、AIサービスなら事業者。根拠を事案に合わせて併記する。
  • 発信者の特定:ログの保存期間が短いので、必要なら早く。
  • 訴訟:差止め(削除)と慰謝料、管理会社による不正競争防止法の差止め・損害賠償(5条の推定)、著作権者による差止め。類型Bで管理の実体がない場合は、勝ち目が薄いことを前提に、申出と方針の公表に重心を置く。

死後に作る3つの文書(骨子)

遺族間協定書

第1条(目的)故人の氏名・肖像・声と関連する権利の管理と無断利用への対応について、遺族の意思を一本化する。第2条(代表)許諾・不許諾、削除請求、訴訟提起の判断は代表者(第一順位・第二順位)が行い、年1回報告する。第3条(方針)利用方針を「使う/使わせない/条件つき」から選び、承認基準(政治・宗教・性的・推奨・生前の立場に反する発言・新規の発言の生成の禁止等)を別紙に置く。第4条(単独行為の制限)各遺族は代表を通さずに許諾せず、代表の判断に反する公表をしない。第5条(敬愛追慕の情の調整)各遺族は固有の請求権を有することを確認しつつ、代表が承認した利用には請求しないよう努め、無断利用への請求は代表と協議して行う。第6条(権利の集約)著作権・隣接権・商標・契約上の地位を管理会社または一般社団法人へ。第7条(収益)第8条(費用)第9条(期間と変更)第10条(紛争は仲裁・調停)。

管理方針書(公表用)

利用の窓口が管理会社であること。AIによる再現を「一切認めない/公式企画に限る/承認基準の範囲で個別に判断する」のどれにするか。既存の録音・録画に含まれない新たな発言・歌唱を故人に行わせる生成物は認めないこと。無断の生成物には削除申出・著作権者との連携・法的措置を行うこと。承認した公式利用の一覧を公開すること。公表すること自体に意味があります。無断利用者に遺族の意思を知らせ、後の訴訟で「故人と遺族の意思」の証拠になります。

削除申出書

申出者(遺族代表と続柄、代表権の根拠として協定書の写し。または管理会社として商品等表示の主体であることの説明)。対象(URL、投稿ID、公開日時、タイムコード)。侵害される権利・利益を事案に合わせて選ぶ(敬愛追慕の情:死亡日、関係、態様、本人が生存していれば肖像権侵害と評価されるべき内容であること/著作権・隣接権・101条の3:権利者と作品の特定/不正競争防止法:周知性・著名性の資料、類似、混同/商標:登録番号と使用態様)。識別性(類似性と付加情報)。求める措置(削除、再投稿防止、発信者情報の保全)。法定期間内の回答を求める旨。

生前に作っておく3つの文書(骨子)

本人と管理会社の管理契約、権利譲渡・信託、出演契約の追加条項、遺言、死後事務委任の条項案は、前のノート「契約の束」に書きました。ここでは、AIによる映像化に備えて、それと別に生前に作っておくとよい3つの文書を示します。

デジタルレプリカに関する生前指示書(本人の単独の意思表示)

遺言ではなく、本人の意思を日付入りで記録する文書です。法的拘束力は限られますが、「生前の明示的意思」の証拠になり、遺族間協定と管理方針書の基礎になり、第三者への申出で「本人の意思に反する」ことを示す資料になります。公正証書にするか、確定日付を取ります。骨子:①既存作品の原形を保った利用は認める。②既存の録音・録画に含まれない新たな演技・発言・歌唱を行わせる生成物は「一切認めない/条件を満たす公式企画に限り認める」。③政治・選挙・宗教、性的表現、商品の推奨、生前の立場と矛盾する発言は、いかなる場合も認めない。④死後の判断者を第一順位・第二順位で指定し、著作権法116条3項の遺言の指定と一致させる。⑤自分の声・肖像を学習したモデルは、死後一定年数で、または判断者の求めで廃棄されることを望む。⑥本書が遺言・管理契約・出演契約の解釈で参照されることを望む。

家族合意書(本人と遺族予定者が生前に結ぶ)

死後の遺族間協定書を、本人が生きているうちに本人を当事者に加えて結ぶものです。本人の意思が直接書き込まれるので、死後の協定より争いが起きにくいと考えます。骨子:生前指示書を別紙に添付した利用方針。死後の代表者の指定と順位、権限、報告義務。遺族予定者は代表を通さずに許諾しない。各自の敬愛追慕の情に基づく請求は代表と協議して行う。著作権・隣接権・商標・契約上の地位の承継先(遺言と一致させる)と管理会社への集約。収益の分配率と費用の負担。本人は生存中に書面で変更でき、遺言との抵触は遺言を優先する。

制作会社・レコード会社との覚書(死後のAI再現と共同対応)

出演契約の追加条項が「相手方自身がAI再現をするときの同意」を定めるのに対し、この覚書は「第三者が無断でAI再現をしたときの共同対応」を定めます。作品の著作権は制作会社にあり、遺族は動かせないので、生前に連携を約束しておきます。骨子:①本人の死後、制作会社は自社作品の映像・音声を素材とする第三者の無断のデジタルレプリカを知ったときは承認権者に通知し、承認権者も同様に通知する。②承認権者の求めがあれば、制作会社は自己の著作権に基づき削除請求その他の措置を講じるよう努める(費用の負担を定める)。③制作会社自身が再現するときは、出演契約の追加条項に従い承認権者の個別の書面同意を得る。④作品の映像・音声を機械学習に用いる第三者へのライセンスを、承認権者の同意なく行わない。⑤本人の死後も存続し、承継人に承継される。

届かない部分(正直に書く)

  • 類型B(素材を使わず、敬意ある態様の商業的AI映像)で、管理の実体も商標もない場合、現行法で止める手段はほぼありません。遺族にできるのは、方針の公表と、これから管理の実体を作ることです。
  • 敬愛追慕の情は時の経過で弱まります。「落日燃ゆ」事件は「年月を経るに従い、歴史的事実探求の自由あるいは表現の自由への配慮が優位に立つに至る」としました。死後数十年の故人は、商標・不正競争防止法・著作権で守るしかありません。
  • 作品の著作権は制作会社にあり、遺族は動かせません。連携の覚書がなければ、制作会社が動かない場合に類型Aでも手段を失います。
  • 遺族間協定は、対外的に各遺族の請求権を消せません。代表が承認した利用に他の遺族が請求する余地は残ります。
  • 立法(期間つきの死後の権利、表示義務)が実現すれば前提が変わります。知的財産推進計画2026は、不正競争防止法改正を含む立法の必要性を引き続き議論するとしています。

残る問い

  • 死後に遺族が始めた「管理」は、どの時点から不正競争防止法の「商品等表示」と認められるか。生前からの継続がない場合の周知性の立証はどこまで可能か。
  • 「使わせない」方針を公表した遺族が、無断の商業利用に対して不正競争防止法で争えるか。表示として使っていないものに周知性はあるか。
  • 制作会社が自社作品を素材にしたAI再現を自ら行う場合と、第三者の無断再現を放置する場合で、遺族との関係はどう違うか。
  • 生前指示書に法的効力を与える立法(本人が「再現しないでほしい」と文書で残した場合に遺族の同意があっても再現を認めない仕組み)はあり得るか。

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