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亡くなった人の声や顔を生成AIで再現されたとき、遺族は何ができるか ― 法務省の解釈指針(2026年8月)が死後について書いたこと

法律相談・法的助言ではありません。法務省の報告書は本文(PDF、135頁超)の該当節を確認しました。「」内は報告書の文言です。2026年9月30日の東京地裁判決は報道と解説記事で確認した範囲で書いており、判決全文は未確認です。末尾の「検討段階」の節は、報告書の整理から離れた筆者の見方で、他の節と分けています。条文の引用は記憶に基づく部分があり、原文での確認を前提にしてください。(2026年10月時点)

結論を先に

  • 肖像権と「声をみだりに利用されない権利」は、本人の死亡で消え、相続されない。法務省の報告書もこれを「多数説」としています。
  • パブリシティ権(顧客吸引力の商業的な価値)が相続されるかは、報告書でも結論が出ていません。否定説と肯定説を並べて「引き続き検討することが相当」としています。
  • 遺族に残る手段は、①遺族自身の「敬愛追慕の情」の侵害(民法709条)、②不正競争防止法(事務所や遺族が「商品等表示」として管理している場合)、③著作権法101条の3・116条(生前の実演の改変に対する遺族の差止め)の三つが中心です。
  • 声についても、報告書は「故人の肖像の利用の場合の判断基準と異なるところはない」としています。
  • 死後に新しい権利を作ることはできないので、残る選択肢は生前の設計に集まります。

死亡で消える権利と、消えない権利

人の声や顔をめぐる権利は一つではありません。生成AIによる再現が問題になるとき、関係する権利を死亡との関係で分けると、次のようになります。

  • 肖像権・声をみだりに利用されない権利(精神的な価値を守る人格権):死亡で消滅し、相続されない。
  • パブリシティ権(顧客吸引力という財産的な価値を守る、人格権に由来する権利):相続されるかどうか、見解が分かれたまま。
  • 著作権・著作隣接権(写真、録音、映像、実演):財産権として相続される。実演家の人格的利益については、死後も著作権法101条の3で守られる。
  • 不正競争防止法上の「商品等表示」としての保護:権利の主体が本人ではなく「営業上の利益を有する者」なので、本人の死亡で直ちには影響を受けない。
  • 遺族の「敬愛追慕の情」:故人の権利ではなく、遺族自身の人格的利益。死亡の後に初めて問題になる。
  • 生前に受けた侵害の慰謝料請求権:これは相続される(最判昭和42年11月1日)。死後の無断利用とは区別が必要です。

法務省の解釈指針が死後について書いたこと

法務省は2026年4月に「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」を設け、5回の会合を経て、同年8月7日に取りまとめ報告書「生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針」を公表しました。新しい法律ではなく、現行の民法・判例法理・不正競争防止法を生成AIの事案にどう当てはめるかを整理したものです。死後の利用については、第1章第2の6「死後の肖像等の利用」と、第2章の想定事例6・7で扱っています。

声が保護の対象に含まれること

報告書は、ピンク・レディー事件の最高裁判決(最判平成24年2月2日)が保護の対象とした「氏名、肖像等」の「等」に声が含まれることについて、検討会で「異論がなかった」としています。

人の「声」は、人物識別情報(ある人物を他の人物と見分ける情報)であるとともに、個人の人格の象徴となるものであり、ピンク・レディー事件最高裁判決における「氏名、肖像等」の「等」に含まれるものとして、パブリシティ権による保護の対象となる。

声優の声については、「当該声優の声自体に商品の販売等を促進する効力があれば足り、当該声優の氏名や肖像にもそのような効力があること(当該声優の氏名や肖像が広く知られていること)は必要ではない」(脚注55)としています。一方、「あるキャラクターの声が実在する人の声ではないものである場合には、パブリシティ権の保護の対象となる顧客吸引力があるとはいえない」(脚注54)。

肖像権・声の権利は死亡で消える(多数説)

肖像等をみだりに利用されない権利は、人格権に由来する権利であり、肖像等の精神的価値を保護するものであるから、死亡とともに消滅し、相続されないと考えるのが多数説である。

下級審の裁判例も、死者の権利主体性を否定するか、権利を行使する「実定法上の根拠を欠く」として、故人自身の人格権侵害を理由とする請求を認めていないと整理しています(「落日燃ゆ」事件・東京高判昭和54年3月14日など)。

パブリシティ権の相続性は結論が出ていない

報告書は、否定説の論拠(人格権に由来し一身に専属する、民法896条)と、肯定説の論拠(財産的利益を守るものであり当然に一身専属とはいえない、ドイツの判例、本人の死亡が利用許諾のリスク要因になることへの配慮)を並べたうえで、次のように結んでいます。

パブリシティ権の譲渡性や相続性について、現時点で一致した見解を導き出すことは困難であり、裁判例等の動向等を踏まえて引き続き検討することが相当であると考えられる。

相続を認める場合に何が承継されるかについても、「故人である本人の生前の明示的又は推定的意思に限定されるとの見解」と「原則として相続の必要性が認められる権利の一部のみが対象になるといった見解」を紹介し、「死後のパブリシティ権の存続期間や請求権者の範囲等についても明確化されておらず、差止請求が可能か否かといった問題もある」としています。

想定事例6(故人の俳優に似た顔の人物がアクションを演じる動画を生成AIで作り、SNSで公開して収益を得た事案)では、否定説に立てばパブリシティ権侵害は「問題とならない」、肯定説に立てば相続人が「X が生存していれば X が行使することができたであろう損害賠償請求権及び差止請求権を行使することができる」と、両方の結論を書いています。

遺族に残るもの①:敬愛追慕の情

報告書が死後の中心に置くのは、故人の権利ではなく、遺族自身の「敬愛追慕の情」です。「落日燃ゆ」事件を引いて、「故人に対する遺族の敬愛追慕の情も一種の人格的法益としてこれを保護すべきものであるから、これを違法に侵害する行為は不法行為を構成する」としたうえで、時の経過との関係を次のように確認しています。

死者に対する遺族の敬愛追慕の情は死の直後に最も強く、その後時の経過とともに軽減して行くものであることも一般に認めうるところであり、他面死者に関する事実も時の経過とともにいわば歴史的事実へと移行して行くものということができるので、年月を経るに従い、歴史的事実探求の自由あるいは表現の自由への配慮が優位に立つに至ると考えるべきである

判断の枠組みは、「故人が生存していたならばその人格的利益が当該肖像の利用によって侵害されたといえるか否かという観点を軸」に、生者の肖像権侵害と同様の総合考慮で行い、遺族の請求であることに特有の要素として「死亡後の期間や遺族と死者との関係性等」を加えるとしています。「生者の肖像権侵害よりも強度の侵害的要素が要求されていることはうかがわれない」とも書いています。

声について。「故人の声の利用についても、その遺族の故人に対する敬愛追慕の情を侵害する可能性がある」とし、判断については「故人の肖像の利用の場合の判断基準と異なるところはないと考えられる」としています。

救済の範囲。損害賠償は「原則として、慰謝料の範囲で認められる」。差止めについては、「故人に対する敬愛追慕の情に基づく差止請求を認めた裁判例は見当たらない」としつつ、人格的利益であることを踏まえれば「これに基づく差止請求も否定されるものではないと考えられる」とし、インターネット上の投稿については「これを管理運営するプラットフォーム事業者に対してもすることができると考えられる」としています。

想定事例7(故人の俳優の顔を他人の裸の画像と合成した画像を生成AIで作り、SNSで公開して収益を得た事案)では、生前に公開されていれば肖像権侵害と評価される可能性が高い内容であることから、死後の公開は「遺族の X に対する敬愛追慕の情を、社会生活上受忍すべき限度を超えて侵害するものであると評価される可能性が高い」としています。収益目的がなくても「侵害の成否に直ちに影響するものではな」く、故人が一般人であっても「X が俳優である場合と比べて敬愛追慕の情の侵害の有無等に大きな差異が生ずる可能性は低い」としています。

遺族に残るもの②:不正競争防止法(管理があるとき)

想定事例6では、パブリシティ権の相続性に結論を出さない代わりに、不正競争防止法2条1項1号(周知表示混同惹起行為)・2号(著名表示冒用行為)の適用を検討しています。鍵になるのは、故人の肖像が誰の「商品等表示」といえるかです。

故人自身が事業活動を行う主体となることは通常想定し難いから、故人である俳優 X が商品等表示の主体となることは考え難い。もっとも、故人の肖像であっても、例えば、俳優による営業活動のマネジメント事業を行うプロダクションや、俳優の遺族等が、俳優が行った業務により制作された映像、出版物、写真、商標権、その他の権利関係の管理を行っていることがあり、そうした管理が俳優の死後も存在する場合には、当該俳優の肖像については、単なる俳優本人を特定するための情報ではなく、こうしたプロダクション等の管理者を中心とした商品化グループの商品等表示として保護される可能性があると考えられる。

逆に、「プロダクション等による俳優 X の肖像に関する管理等が行われていない場合には、商品等表示該当性を肯定することは困難である」としています。請求の主体は「当該商品等表示について営業上の利益を有する者」であり、「本人が死亡したことによって直ちに影響を受けるものではない」。なお、1号については打消し表示(AI生成である旨の表示など)があれば「混同」が否定されることは想定事例1と同様とし、全国的に知られていれば2号に当たり、混同の有無を問わないとしています。

遺族に残るもの③:著作権法が参考として挙げられていること

報告書は脚注で、著作権法60条・101条の3(著作者・実演家の死後における人格的利益の保護)と116条(遺族による差止請求・名誉回復措置の請求)を、「死後のパブリシティ権の保護の在り方を検討する上では一つの参考となる」としています。ただし、これらがベルヌ条約の要請を踏まえた規定であること、「損害賠償請求まで認めるものではないこと」に留意が必要とも書いています。

実務の観点でいえば、故人の生前の録音・録画(実演)をそのまま改変・合成した場合には、101条の3と116条により、一定の範囲の遺族(配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹)または遺言で指定された者が差止めを求める道があります。期間は、2018年の改正後は死後70年です(116条3項。記憶に基づくため原文で確認してください)。一方、録音を使わずに学習・生成した声には、この規定は及びにくいと考えられます。

声についての初めての裁判例(報道から)

報告書の公表から約2か月後、東京地裁は2026年9月30日、声優が動画投稿サービスの運営会社に対し、生成AIで自分の声を模倣した動画の削除を求めた訴訟で、請求を棄却しました。報道によれば、棄却の理由は、審理中に投稿者が自らアカウントを削除し、復旧申請の期間が過ぎてデータがサーバーから消えたため、削除すべき対象がなくなったことです。模倣音声を適法と判断したものではなく、侵害を認めたものでもありません。

一方で判決は一般論として、人の声も肖像と同様に個人の人格の象徴であり、声に商品の販売等を促進する顧客吸引力があり、その使用が専らその顧客吸引力を利用する目的である場合には、パブリシティ権の侵害に当たり得るとの判断を示したと報じられています。声について明示した判決は初めてとされます。原告は損害賠償を請求しておらず、原告側は控訴しない方針と報じられています。報道では、本人の声と模倣音声の類似性の立証に深層学習モデルによる解析結果と解析プログラムのコードが提出されたこと、発信者情報開示を得てもログの保存期間が過ぎていて投稿者を特定できなかったことも伝えられています。

遺族・管理者が使える手段の整理

  • 敬愛追慕の情(民法709条・710条):遺族自身の人格的利益。侮辱的・性的な利用に向く。原則として慰謝料。差止め(削除)は否定されないが、認めた裁判例はまだない。遺族の範囲は「死者の親族又はその子孫(これと同一視すべき者をふくむ)」。時の経過で保護が弱まる。
  • 不正競争防止法(2条1項1号・2号、3条、4条、5条):事務所や遺族の管理会社が「商品等表示」として管理している場合。本人の死亡で直ちには影響を受けない。5条の損害額の推定も使える。管理がなければ使えない。
  • 著作権法101条の3・116条:生前の実演の録音・録画を改変・合成した場合。遺族または遺言で指定された者が差止め・名誉回復措置を請求できる。損害賠償は含まれない。
  • 著作権・著作隣接権(相続財産):写真、録音、映像そのものの複製・公衆送信を止める。素材を使わない生成には及ばない。
  • 商標:氏名・芸名・肖像を商標登録しておけば、サービス名などでの使用に直接対抗できる。無関係な第三者による故人の氏名の出願は、商標法4条1項7号(公序良俗)・15号(出所混同)で拒絶され得る(8号の「他人」は現存者に限られる)。
  • プラットフォームへの削除申出:情報流通プラットフォーム対処法(2025年4月施行)が大規模事業者に申出への判断と通知の期限を課している。報告書も、敬愛追慕の情に基づく削除請求をプラットフォーム事業者に対してもできるとしている。

生前にしか作れないもの(検討段階)

ここからは、報告書の整理から離れた、検討段階の見方です。死後に相続される権利を解釈で作ることはできないという前提に立つと、遺族に何を残せるかは、生前の設計でほぼ決まります。選択肢として考えられるのは次のようなものです。

  • 権利の棚卸しと集約。自分の録音・映像・写真について、誰が著作権・著作隣接権を持つかを確定し、管理する主体(会社または家族)に集めておく。報告書が不正競争防止法の前提とする「管理」の実体にもなる。
  • 商品等表示としての実績づくり。声・肖像・芸名を、公式の音声ライブラリやライセンス事業として継続的に使い、使用歴・露出・売上の記録を残す。周知性・著名性の立証資料になる。
  • 商標登録。氏名・芸名・肖像を、音声やコンテンツに関係する区分で登録しておく。
  • 利用権の設定契約。報告書は、永続的な権利移転ではなく「期間を限定して、相手方に肖像等に関する利用権を物権的に設定する」内容であれば譲渡の合意として「許容される余地がある」との意見を紹介し、これにより「第三者が、パブリシティ権を管理し、必要に応じて訴えを提起するなどの道が開かれる」としている。AIによる声の再現を許すか禁止するかを、ここに書き込む余地がある。
  • 死後事務委任契約。民法653条1号(委任者の死亡による終了)は任意規定と解されており、特約で排除できる。死後の生成の許否の基準、削除申出の権限、管理者を定める。
  • 遺言。著作権法116条3項は、著作者・実演家が遺言で請求をする者を指定できるとしている。付言で声・肖像の扱いの希望を残すことは、法的な権利を作らないが、遺族間の争いを避け、交渉の根拠になる。

逆にいえば、こうした準備のない故人、たとえば歴史上の人物や、芸能活動と無関係だった一般の人については、残る手段は遺族の敬愛追慕の情に絞られます。報告書が一般人の事例でも「大きな差異が生ずる可能性は低い」としたのは、性的画像のような侮辱的な利用の場面であって、故人に敬意を払った態様での商業利用まで同じに考えられるかは、まだ分かりません。

海外の動き(参考)

米国では州法で死後のパブリシティ権を認める州が多く、カリフォルニア州は死後70年で、2024年に故人のデジタル・レプリカを遺族等の書面同意なしに視聴覚作品や録音で使うことを禁じる改正(AB 1836)を加えました。テネシー州は2024年に声を明文で保護対象にしました(ELVIS法)。連邦法案の NO FAKES Act は、2026年6月18日に上院司法委員会を通過しましたが、本稿の時点で両院の本会議は通っていません。同法案は、死後10年の権利を、利用実績の登録により5年ごとに更新して最長70年まで延ばす設計と報じられています。日本の知的財産推進計画2026(2026年6月12日決定)は、解釈指針の作成に加えて、不正競争防止法の改正を含む立法の必要性を引き続き議論するとしています。

残る問い

  • パブリシティ権の相続性について、裁判所が正面から判断する事案が出るか。出た場合、存続期間と請求権者をどう画するか。
  • 敬愛追慕の情に基づく差止め(削除)を認める裁判例が現れるか。
  • 録音を使わずに学習・生成された声に、著作権法101条の3の考え方を及ぼす立法があるか。
  • 声の類似性をどう立証するか。深層学習モデルによる解析が裁判でどの程度の重みを持つか。
  • 日本でも、米国のような期間・登録・利用要件つきの死後の権利を立法するか、不正競争防止法の改正で対応するか。

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