亡くなった家族の声や顔が勝手に使われたら、遺族はどうすればいいのか ― ヘプバーンの遺族の30年、ロビン・ウィリアムズの25年から考える一般論と提言
法律相談・法的助言ではありません。取り上げた実例は、報道・公表された判決・解説記事で確認できた範囲で書いており、契約条件など公表されていない事情には触れていません。故人以外の関係者は役割で書き、氏名は出していません。日本法の整理は、前のノート「亡くなった人の声や顔を生成AIで再現されたとき、遺族は何ができるか」を前提にしています。末尾の「提言」は検討段階の筆者の見方で、他の節と分けています。(2026年10月時点)
先に要点
- 遺族が最初にすべきことは、権利の主張ではなく、証拠の保存と「誰が窓口か」を決めることです。実例の多くで、争いの原因は外部の無断利用者ではなく、遺族・財団・事務所のあいだで「誰の同意が要るのか」が決まっていなかったことでした。
- 日本法では、遺族が故人の肖像・声について持つのは、遺族自身の「敬愛追慕の情」が中心で、損害賠償は慰謝料の範囲です。商業的な利用を止め、対価を回収する手段は、生前からの管理(不正競争防止法の「商品等表示」、商標、録音・映像の権利)があるかどうかで決まります。
- 海外の実例は、死後の権利が強い法域(カリフォルニア、イタリア、中国)でも、遺族が勝てたのは「管理主体がはっきりしていて、継続的に権利を使い、記録を残していた」場合であることを示しています。
- 「使わせない」という選択も設計できます。ロビン・ウィリアムズは、死後25年間、名前・声・肖像の商業利用を禁じる文書を生前に作りました。
- 提言は三つです。本人は生前に「使ってよいか、どの範囲で、誰が決めるか」を文書にする。遺族は管理を一本化して記録を残す。立法は、遺族の慰謝料だけに頼らない、期間と請求権者を定めた制度を検討する。
実例から見えること
オードリー・ヘプバーン ― 遺族による30年以上の管理と、三つの国での訴訟
1993年にスイスで亡くなったオードリー・ヘプバーンの肖像と名前は、息子2人が管理してきました。2013年に英国の菓子ブランドが、過去の映画と写真から3Dモデルを作り、CGで顔を置き換えた新作のテレビ広告を流したとき、報道によれば、息子たちはこの利用を許諾し、母はこの広告を誇りに思っただろうという趣旨の声明を出しました。賛否はありましたが、権利者がはっきりしていたため、法的な争いにはなっていません。
一方、無断利用に対しては各国で訴訟を起こしています。イタリアでは、中指を立てた姿やタトゥーのある姿に加工した肖像のTシャツを製造・販売した会社に対し、息子2人が提訴し、トリノ地裁は2019年、名誉と評判を害する使用として差止めを認め、仮定的なライセンス料(同意の価格)を基準に4万5千ユーロの賠償を命じたと報じられています。イタリアでは、死後の肖像の使用にはまず配偶者と子の同意が必要とされる枠組みがあります。中国では、蘇州のレストランが2014年から11年にわたって店名・看板・宣伝物に名前と顔写真を使っていたことについて、息子の一人が提訴し、2025年、一審・二審とも、死者の氏名・肖像は保護される人格的利益であり、これに結びつく経済的利益は近親者が承継できるとして、使用の停止、謝罪、20万元の賠償を命じました。請求額100万元には遠く及ばない額でした。
この事例が示すのは、死後の権利の強さが国によって大きく違うこと、そして、遺族が実際に権利を使えるかどうかは、管理する人が決まっていて継続的に動いているかで決まることです。もう一つ、2017年には、ヘプバーンの名を冠した慈善基金と息子の一人とのあいだで、遺品の展示に母の名前と肖像を使うのに誰の許諾が要るかをめぐって訴訟になりました。報道によれば、基金側は息子のどちらか一人の許諾で足りると主張し、息子側は自分の許諾も必要だと主張しました。外部の無断利用者ではなく、権利を持つ側のあいだで「誰の同意か」が決まっていなかったことが争いの原因でした。
ロビン・ウィリアムズ ― 「使わせない」を生前に文書にした例
2014年に亡くなったロビン・ウィリアムズは、生前に、自分の名前・声・サイン・肖像の商業利用を死後25年間(2039年まで)禁じる文書を作り、これらの権利を自分が設立した財団に移していたと報じられています。ホログラムや広告への利用もこの制限の対象とされます。報道では文書の種類(遺言、信託、譲渡証)の記述が一致しておらず、原本は公開されていませんが、「使わせない」という意思を法的に実現した例として参照されています。
この例が示すのは、死後の利用について本人が決められるのは「使ってよい」だけではないことです。生成AIで声や姿を再現できる時代には、「再現しないでほしい」という意思を、遺族の記憶や推測ではなく、文書として残す意味が大きくなっています。
マリリン・モンロー ― 住所地の主張が死後の権利を失わせた例
米国では死後のパブリシティ権は州法で決まり、どの州の法が適用されるかは、死亡時の住所地(ドミサイル)によります。マリリン・モンローの遺産を管理する会社は、カリフォルニア州法の死後の権利(現在は死後70年)を根拠に写真家の遺族らを訴えましたが、第9巡回区控訴裁判所は2012年、遺産管理人が相続税の関係でモンローの住所地はニューヨークだと長年主張してきたことを理由に、今さらカリフォルニアの権利を主張することは許されないと判断しました。ニューヨーク州には当時、死後のパブリシティ権がありませんでした。
この例は、死後の権利が、本人の有名さではなく、遺産管理の過程で何を主張したかという一貫性に左右されることを示しています。日本からの示唆としては、海外に住所や資産がある人の場合、どの国の法律が死後の肖像・声の扱いを決めるのかを、相続の設計と一緒に考える必要があることです。
ピーター・カッシング ― 生前の契約の射程が死後に争われた例
1994年に亡くなった英国の俳優ピーター・カッシングは、2016年の映画でCGにより再現されました。報道によれば、制作側は1977年の出演契約を根拠とし、遺産管理側にも対価を支払っていました。これに対し、別の映画会社が、1993年の契約で俳優の肖像の再現について自社の同意が必要だったと主張して提訴し、英国の裁判所は2024年にいったん審理を続けると判断したものの、2025年に、同社には制作側に対して主張できる権利がないとして請求を退けたと報じられています。
この例が示すのは、故人が生前に結んだ契約のどれが死後の再現に及ぶのかが、死後何十年も経ってから争点になり得ることです。遺族の側から見れば、故人の契約書を集めて保管しておくことが、守るためにも、使うためにも前提になります。
アンソニー・ボーデイン ― 「誰の同意か」と「表示」が問われた例
2018年に亡くなった料理人・作家のアンソニー・ボーデインのドキュメンタリー映画(2021年)では、本人が書いたが読み上げてはいない文章3か所を、10時間超の音声から作ったAIの声で語らせました。監督は遺産管理側と文芸エージェントの了解を得たと説明しましたが、法律上は配偶者のままだった元パートナーが、自分は了解していないと公に否定しました。映画の中でAIの声を使った箇所は示されていませんでした。
この例が示すのは、「遺族の同意を得た」という説明が、遺族のあいだで一致していないと成り立たないこと、そして、再現した部分を表示しないことが、法的な問題とは別に強い批判を招くことです。
ヴァル・キルマー ― 本人が生前に声のモデルを作った例
故人の例ではありませんが、俳優のヴァル・キルマーは、咽頭がんの治療で声を失った後、2021年に音声AIの会社と組み、過去の映画や自身の映像から自分の声のモデルを作り、2022年の映画で使いました。本人がモデルの作成に関わり、公に感謝の言葉を述べています。本人の意思がはっきりしているため、争いは起きていません。死後の再現を考えるなら、生前に本人が関与して作っておくことが、遺族の負担をいちばん減らす形だといえます。
日本 ― AI美空ひばりと「ぱいどん」
日本では、2019年にNHKが、ヤマハの歌声合成技術を使って美空ひばりの歌声と姿を再現し、新曲を歌わせる番組を放送し、同年の紅白歌合戦でも披露しました。報道によれば、企画の段階で、権利を管理する遺族とレコード会社に説明して承諾を得ており、遺族は制作にも関わりました。権利の面では問題がない例ですが、放送後、著名な音楽家が「冒涜」と評するなど、賛否が分かれました。
2020年には、手塚プロダクションが、手塚治虫の作品を学習したAIを使って新作漫画「ぱいどん」を制作しました。遺族が参加して進められ、プロダクション側は、人物の再現ではなく作品であり、手塚作品を元にした新作はこれまでも多くあると説明しています。一方で、既存の作品ではない新作について、遺族の許諾は何に対する許諾なのかという指摘もありました。
二つの例が示すのは、日本では遺族と管理会社が同意すれば法的な争いにはなりにくい一方で、同意があっても社会的な評価は別に問われること、そして「人物の再現」と「作風の継承」を分けて考える必要があることです。
日本法での遺族の立ち位置(要点だけ)
前のノートで整理したとおり、日本では、肖像権と声をみだりに利用されない権利は本人の死亡で消え、パブリシティ権が相続されるかは法務省の解釈指針(2026年8月)でも結論が出ていません。遺族に残るのは、①遺族自身の「敬愛追慕の情」の侵害(慰謝料が中心。差止めは否定されないが、認めた裁判例はまだない)、②事務所や遺族の管理会社が「商品等表示」として管理している場合の不正競争防止法、③生前の録音・録画を改変した場合の著作権法101条の3・116条、の三つです。ヘプバーンの遺族がイタリアや中国で得たような、死後の肖像・氏名の経済的利益を遺族が承継するという判断は、日本の現行法では期待できません。
遺族はまず何をするか(一般論)
- 証拠を残す。URL、投稿の日時、アカウント名、再生数、収益化の有無、タイトル・説明欄・ハッシュタグ、視聴者のコメント、動画・音源そのものを、取得日時が分かる形で保存する。投稿者が自分でアカウントを消すと証拠が消え、生存者の訴訟でもそれが結論を左右した例があります。
- 窓口を一つに決める。遺族が複数いるなら、誰が削除を求め、誰が許諾を判断するかを先に決める。ヘプバーンの例でも、ボーデインの例でも、争いの原因はここでした。
- 故人の契約書と権利を集める。出演契約、所属契約、録音・映像・写真の権利関係、商標の有無。使われたのが既存の録音・映像の改変なら、著作権法の手段が使えます。
- プラットフォームに削除を申し出る。2025年4月施行の情報流通プラットフォーム対処法は、大規模な事業者に、申出への判断と通知の期限を課しています。根拠は、敬愛追慕の情、不正競争防止法(管理会社がある場合)、著作権法のうち、事案に合うものを併記します。
- 侮辱的・性的な利用と、故人に敬意を払った態様の商業利用を分けて考える。前者は敬愛追慕の情の侵害が認められやすく、法務省の解釈指針も、故人が一般人であっても大きな差はないとしています。後者は、生前からの管理がなければ、日本法で止めるのは難しいのが現状です。
- 発信者の特定は早く。発信者情報開示を得ても、ログの保存期間が過ぎていて投稿者を特定できなかった例があります。
提言(検討段階)
ここからは、実例と日本法の整理から離れた、検討段階の筆者の見方です。
本人に向けて ― 「使ってよいか」を生前に文書にする
- 死後の声・肖像の再現について、「使ってよい」「使わないでほしい」「この条件なら」のどれかを、遺言の付言、死後事務委任契約、所属先との契約のいずれかに書いておく。ロビン・ウィリアムズの25年の禁止も、ヘプバーンの遺族の許諾も、本人または管理者の意思が文書になっていたから機能しました。
- 判断する人を一人(一社)に決めておく。著作権法116条3項は、実演家が遺言で死後の請求をする者を指定できるとしています。この指定と、死後事務委任の受任者、録音・映像の権利の承継先をそろえておくと、遺族のあいだの「誰の同意か」の争いを避けられます。
- 声を残す形で使ってほしい場合は、生前に本人が関与してモデルを作る。ヴァル・キルマーの例のように、本人がいる間に作れば、何を再現してよいかを本人が決められます。
遺族・管理者に向けて ― 管理を一本化し、使い、記録する
- 管理会社または代表者を一つにし、許諾の基準(広告に使うか、新しい発言をさせるか、政治・宗教・性的な文脈は断るか)を文書にする。
- 権利を「使う」。日本法で死後も使える不正競争防止法の手段は、名前や肖像が「商品等表示」として周知・著名であることが前提で、法務省の解釈指針は、管理が行われていなければ難しいとしています。公式の企画、ライセンス、商標登録を継続し、その記録を残すこと自体が、無断利用に対抗する力になります。
- 海外に資産や住所があった故人については、どの国の法律が適用されるかを相続の設計と一緒に確認する。モンローの遺産の例は、相続税のための主張が死後の権利を失わせました。
制作者・事業者に向けて ― 同意の相手と範囲、そして表示
- 「遺族の同意を得た」で済ませず、誰が権利を管理しているか(遺言執行者、管理会社、相続人全員か)を確認し、その人から、再現の範囲(既存の録音の使用か、新しい発言か)を特定した書面で得る。
- 再現した箇所を表示する。法的な義務がなくても、表示がないこと自体が強い批判を招いた例があります。
- 故人に新しい発言をさせる場合は、本人が言っていない内容であることが分かる形にする。敬愛追慕の情の侵害は、故人のイメージや尊厳を損なう態様で認められやすく、生前に本人が公にしていた立場と矛盾する発言は、遺族の請求の根拠になり得ます。
立法に向けて ― 遺族の慰謝料だけに頼らない制度
現行法で遺族に残る中心の手段は敬愛追慕の情ですが、これは遺族の精神的苦痛を償うもので、時の経過とともに弱まり、商業的な利用の対価を回収する仕組みではありません。生成AIで死後の再現が容易になった以上、次の方向での検討があってよいと考えます。
- 期間を定めた死後の権利。著作権法116条型(遺族の順位を定め、死後70年、差止めと名誉回復に限る)と、米国の連邦法案型(死後10年を基本に、利用実績の登録で延長、最長70年)のどちらに寄せるか。一般人を含めるなら、商業利用のない人の権利は短期で消える設計が参考になります。
- 請求権者の明確化。遺族の範囲と順位、遺言による指定、管理会社の請求資格を法律で定める。ヘプバーンの基金の訴訟のような、権利者の内部の争いを減らすためです。
- 生前の意思の尊重。本人が生前に「再現しないでほしい」と文書で残した場合に、遺族の同意があっても再現を認めない、または遺族がその意思を根拠に差止めを求められる仕組み。
- 表示義務。故人の声・肖像をAIで再現したコンテンツに、その旨の表示を求める。知的財産推進計画2026が立法の必要性を引き続き議論するとしている論点に含めてよいと考えます。
残る問い
- 遺族のあいだで意見が分かれたとき、誰の意思を優先するのか。本人の生前の意思が文書にない場合、推定はどこまで許されるか。
- 「人物の再現」と「作風の継承」の線はどこか。手塚治虫の例のように、作品を学習したAIの新作は、人格の問題なのか著作権の問題なのか。
- 歴史上の人物のように、遺族も管理者もいない故人の声や姿は、誰が守るのか、あるいは守らなくてよいのか。
- 日本の裁判所が、敬愛追慕の情に基づく削除を認める事案が出るか。出た場合、死後の期間はどこまで考慮されるか。
資料
- 前のノート:亡くなった人の声や顔を生成AIで再現されたとき、遺族は何ができるか
- 法務省:取りまとめ報告書 ―生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針―(PDF)
- The IPKat: Italian court confirms that unauthorized use of Audrey Hepburn's likeness infringes (post mortem) image rights(2019年)
- Sixth Tone: Audrey Hepburn's Son Wins Lawsuit Against Chinese Restaurant(2025年10月)
- Milton H. Greene Archives, Inc. v. Marilyn Monroe LLC, 692 F.3d 983 (9th Cir. 2012)(Justia)
- CBS News: Robin Williams protects himself from commercial exploitation in death with 25-year blackout period
- 音楽ナタリー:AIでよみがえった美空ひばりが新曲披露コンサート、その舞台裏をNHKでオンエア(2019年)
- 東洋経済オンライン:「手塚治虫AI漫画」とAI美空ひばりの決定的な差(2020年)