ITJ Lab
← 記事一覧
New Law

俳優が死後の自分の声と顔を遺族や会社に委ねるには、生前にどんな契約を結べばよいか ― 契約の束の設計と条項の私案(検討段階)

法律相談・法的助言ではありません。この記事の契約の設計と条項案は筆者の私案であり、確定した考えではなく、裁判で争われた場合に認められない可能性があります。最大の不確実性はパブリシティ権の相続性と譲渡性で、法務省の報告書(2026年8月)は「現時点で一致した見解を導き出すことは困難」とし、下級審には「一身に専属し、譲渡や相続の対象とならない」とした例があります。相続性が否定されれば、パブリシティ権を基礎にする条項は本人の死亡で対象を失います。条文・判例は記憶に基づく部分があり、税務は検討していません。個別の事案に使う前に、原文の確認と個別の検討を前提にしてください。(2026年10月時点)

出発点 ― 「パブリシティ権を遺す」契約は成り立たないかもしれない

前の2本のノートで整理したとおり、日本法では、肖像権と声をみだりに利用されない権利は本人の死亡で消え、パブリシティ権が相続されるかは結論が出ていません。本人が死亡した瞬間に権利そのものが消えるなら、その権利の上に設定した利用許諾も対象を失います。したがって、生前に結ぶ契約の目的は「パブリシティ権を承継させること」ではなく、次の4つに置き換える必要があると考えます。

  • 死後も消えない権利に、生前のうちに転換しておく(著作権・著作隣接権・原盤権、商標、契約上の債権)。
  • 不正競争防止法の「商品等表示」として管理されている事実状態を作る。法務省の報告書が死後の救済として明確に認めたのはこのルートで、「管理が行われていない場合には、商品等表示該当性を肯定することは困難」としています。
  • 第三者(制作会社、レコード会社、AI事業者)に、死後の再現について管理会社・承認権者の同意を要する契約上の義務を負わせる。契約上の債権は相続されます。
  • 遺族のあいだの「誰の同意か」を一本化し、本人の意思を文書に残す。実例で争いの原因になったのは、ほとんどここでした。

契約の束 ― 6つの器

  • 第1契約 氏名・肖像・声等管理契約(本人と管理会社):利用の方針、承認権者、AIの扱い、管理の実体。死亡で終了しない特約を置くが、基礎のパブリシティ権は消える可能性がある。
  • 第2契約 権利譲渡契約または信託契約:著作隣接権、原盤権、写真・映像の著作権、商標を管理会社または受託者へ。本人の死亡の影響を受けない。
  • 第3 出演契約・レコード契約・AI事業者契約に加える条項:デジタルレプリカの同意取得義務、死後の承認権者、表示。相手方に対する債権として承継される。
  • 第4 遺言:承継先の個別の特定、著作権法116条3項に基づく死後の請求者の指定、付言による意思の記録。
  • 第5契約 死後事務委任契約:削除申出・訴訟・データ管理の権限。民法653条1号の終了を特約で排除。
  • 第6 一般社団法人・財団・信託:全体を長期に保持する器。本人の死亡の影響を受けない。

第1契約の条項の私案(抜粋)

本人を甲、管理会社を乙とします。条番号は私案のものです。全文は元原稿にあり、ここでは設計の要になる条だけを示します。

定義 ― 声とデジタルレプリカを明記する

第2条 「本件識別情報」には、甲の容貌、姿態、声(声質、話し方、歌い方を含む)、署名、筆跡、および甲に固有の表現上の特徴を含む。「デジタルレプリカ」とは、コンピュータその他の技術により生成され、本件識別情報を再現し、または甲と識別可能な程度に類似する映像、音声、画像その他の表現をいい、既存の録音・録画の改変によるものと、新たに生成されるものの双方を含む。

利用権の設定 ― 永続譲渡ではなく期間限定の利用権、そして「崩れたときの受け皿」

第3条1項 甲は乙に対し、本契約の期間中、本件識別情報を第4条に定める用途および条件の範囲で独占的に利用する権利(本件利用権)を設定する。2項 本件利用権は、甲の人格権に由来する権利の一部について、期間および用途を限定して設定する排他的な利用権であり、甲の権利を永続的に移転するものではない。3項 甲および乙は、本件利用権の設定が、裁判所により利用許諾として解釈され、または甲の死亡により対象を失うと判断される可能性があることを確認し、その場合であっても、第2契約、第3の追加条項、第5契約および遺言により定めた事項の効力に影響しないことを合意する。

法務省の報告書は、「永続的に権利を移転するのではなく、期間を限定して、相手方に肖像等に関する利用権を物権的に設定する」内容なら譲渡の合意として「許容される余地がある」との意見を紹介する一方、譲渡性を否定しても「公序良俗に反しない範囲で独占的利用許諾契約として解釈される」としています。3項は、この二つの読みのどちらでも契約全体が崩れないようにする趣旨です。東京地判令和4年12月8日が示した公序良俗違反の3要素(会社の利益の必要性、本人の不利益の程度、代償措置の有無)を意識し、用途の限定、解約権、対価の分配で本人の利益を確保します。

用途の区分 ― 「許諾しない用途」を先に書く

第4条 利用できる用途を、①既存作品の宣伝・配信、②商品化、③広告、④デジタルレプリカによる演技・歌唱・発話、⑤学習、⑥デジタルレプリカの生成・公表、に分け、別紙で「許諾」としたものに限る。④と⑥は企画ごとに承認を要する。次の用途は、承認権者の個別の書面承認がない限り許諾しない。政治・選挙・宗教・思想信条にかかわる表現。性的な表現、または甲の名誉・声望を害するおそれのある表現。特定の商品・サービスを甲が推奨する形の表現。甲が生前に公にした立場・発言と矛盾する内容を甲に発言させる表現。甲の氏名・芸名を売り文句として、甲の声・肖像を生成できることを宣伝する行為。

期間と解約権

第5条 期間は、締結日から、甲の死亡の日の属する年の翌年1月1日から起算して10年を経過する日まで。期間満了の2年前までに承認権者と乙が合意すれば5年ごとに更新できる。甲は生存中、6か月前の通知で解約できる。数字は私案で、米国の連邦法案(NO FAKES Act)の「死後10年+利用実績による5年更新」を参考にしました。解約権は本人の不利益を限る代償措置として置きます。

承認権者 ― 一人に決め、割れたときの決め方も書く

第6条 承認権者は、甲の生存中は甲、死亡後は甲が別紙で指定した者(第一順位・第二順位)とする。承認権者は一人(または一機関)とし、複数の遺族の合意を要件としない。承認権者と乙の意見が一致しないときは、別紙で定める第三者(弁護士または仲裁機関)の判断による。判断の記録を乙に保存させる。遺言による指定の変更は本契約の指定に優先する。

学習とデジタルレプリカの条件

第7条 学習に用いる素材は別紙に列挙するものに限り、乙は素材を暗号化して管理し、第三者に提供しない。学習済みモデルとその重みデータ、生成物の権利は、法律上帰属し得る限り乙に帰属させ、承認権者の求めに応じて一覧を開示する。生成・公表には企画ごとの事前承認を要し、生成物にはデジタルレプリカであること、死後に生成された場合はその旨を表示する。委託先にも同等の義務を負わせ、甲の氏名・芸名を宣伝に用いさせない。甲の死亡後、既存の録音・録画に含まれない新たな発言・歌唱を甲に行わせる生成物は、別紙で明示的に許諾されている場合を除き作成しない。

管理の実体の維持 ― 不正競争防止法のための条項

第9条 乙は、本件識別情報が乙を中心とする商品化事業の表示として需要者に認識される状態を維持するため、公式の企画、ライセンス、商標の維持・更新を継続する。使用歴、広告露出、売上、ライセンス先の一覧、報道記録を体系的に保存し、承認権者の求めに応じて開示する。この条は、報告書のいう「管理」の実体を、契約上の義務に変える趣旨です。

廃棄、権利行使、存続

第10条 契約終了時、または承認権者が特定の生成物について求めたときは、学習素材・学習済みモデル・生成物を廃棄または引き渡し、廃棄証明を交付する。第11条 乙は、無断利用に対し、自己の名で(不正競争防止法に基づく場合)または承認権者の名で、削除申出、発信者情報開示請求、訴訟を講じる権限と、求めがあれば講じる義務を負う。遺族が自己の名で敬愛追慕の情の侵害を理由とする請求をすることを妨げない。第13条 本契約は甲の死亡によって終了せず、甲の地位は承認権者が承継し、民法653条1号の適用がある部分はこれを排除する。

第2〜第6の要点

  • 第2契約(権利譲渡または信託):実演に係る著作隣接権、原盤権、本人が制作した写真・映像・文章の著作権(27条・28条の権利を特掲)、撮影者から譲り受けた本人の写真の著作権を、管理会社に譲渡するか信託する。実演家人格権は譲渡せず、著作権法116条3項により遺言で死後の請求者を指定する。信託なら、信託目的に「本人の生前の意思の尊重」と承認基準を書き込み、受託者の裁量を縛る。受託者が営業として受託するには信託業法の免許が要るため、家族や一般社団法人による非営業の信託か、信託会社かを選ぶ。
  • 第3(出演契約等の追加条項):本作品以外の目的での再現・生成・学習には、本人(死後は承認権者)の個別の書面同意と別途の対価を要する。用途・媒体・期間・地域・内容を特定し、「現在知られ、または将来開発されるすべての媒体・技術」型の包括条項は同意とみなさない。死亡を知った制作者は承認権者に利用状況を通知する。生成物には表示をする。義務は契約終了後も存続し、承継人に承継される。米国で公開する作品では、カリフォルニア州 AB 2602 が、用途の具体的記載がなく弁護士または労働組合の代理のない包括的条項を無効とするため、交渉過程の記録を残す。
  • 第4(遺言):著作隣接権、原盤権、著作権、商標権、契約上の地位と同意権、金銭債権、保存素材(原盤、マスターデータ、アカウント)の承継先を個別に特定し、「パブリシティ権を相続させる」と一括して書かない。116条3項の請求者の指定を第1契約の承認権者と一致させる。財団等へ遺贈するなら負担付遺贈として「死後25年間、広告・商品推奨に用いない」などの使用制限を付す。付言に、デジタルレプリカに新たな発言をさせることの可否を含む意思を書く。法的拘束力はないが、相続性が将来認められた場合の「生前の明示的意思」の記録になる。
  • 第5契約(死後事務委任):削除申出(情報流通プラットフォーム対処法に基づくものを含む)、発信者情報開示、訴訟、SNSアカウント・保存素材・学習済みモデルの管理と処分、遺族への年次報告を委任し、民法653条1号の適用を排除する。預託金または遺産からの償還、後任の指定方法、遺言執行者・承認権者との役割分担を書く。
  • 第6(器):一般社団法人、一般財団法人、信託のいずれか。判断の軸は、本人の死亡の影響を受けないこと、承認権者が一本化されること、管理会社が倒れたときに権利が戻る設計かどうか、税務。海外に住所や資産があるなら、どの国の法が死後の扱いを決めるかを相続設計と一体で確認する。

届かない部分(正直に書く)

  • 録音・映像を使わずにAIで一から生成された声や姿への対抗は、第3の追加条項(契約相手にしか効かない)、不正競争防止法(第9条の管理実績が前提)、遺族の敬愛追慕の情(慰謝料が中心)に限られます。立法がない現状では、「使い続けて記録する」ことが、契約書の文言と同じくらい重要になります。
  • パブリシティ権の相続性が否定されると、第1契約の利用権は本人の死亡で対象を失います。第3条3項は、そのときに他の契約が生きるようにする工夫にすぎません。
  • 敬愛追慕の情は各遺族が固有に持つ利益なので、承認権者が承認した利用に対して、他の遺族が請求する余地は残ります。第1契約は遺族全員を拘束しません。
  • 立法が変われば(期間つきの死後の権利、表示義務、相続性の明文化)、この私案の前提は変わります。

残る問い

  • 「期間限定の物権的利用権の設定」という構成を、裁判所が独占的利用許諾以上のものとして認めるか。認めたとして、本人の死亡後も対象が残ると解するか。
  • 承認権者の判断に遺族の一部が反対したとき、敬愛追慕の情に基づく請求と承認権者の承認は、どう調整されるか。
  • 学習済みモデルの「権利」は何か。著作物ではないとすれば、契約上の帰属と廃棄義務の履行をどう担保するか。
  • 死後に生成した「新たな発言」を本人の意思で許すことが、そもそも望ましいのか。本人が許しても、社会的な評価は別に問われます。

資料