著作物ではない楽譜の模倣は、なぜ不法行為とされたか:バンドスコア事件、最高裁令和8年10月9日判決を読む
(最高裁判所第二小法廷 令和8年10月9日判決、令和6年(受)第2078号、損害賠償請求事件、上告棄却)
法律相談・法的助言ではありません。判決の全文は裁判所ウェブサイトにあります。本稿は、判決文から言えることと、先例などの資料を並べて読んだ整理とを、分けて書いています。
結論を先に
最高裁は、楽譜出版社が自ら採譜をして制作したバンドスコア(著作権法2条1項1号の著作物に当たらない楽譜)について、競業者がその全体を細部まで模倣した楽譜を制作し、自社のウェブサイトで無料公開して広告料収入を得ていた行為が不法行為を構成するとした原審の判断を是認し、上告を棄却した。裁判官全員一致の意見で、裁判官2人の補足意見がある。
判決は、平成23年12月8日の最高裁第一小法廷判決を参照として、著作物に当たらないものについての著作物の利用行為に相当する行為は、「特段の事情」がない限り不法行為を構成しないという枠組みを示した。そのうえで、その行為が「社会通念上自由競争の範囲を逸脱して」営業を妨害し、営業上の利益を侵害するものといえるときは、楽譜を独占的に利用する利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するものとして、特段の事情がある、とした。
何が起きたか(事案の経過)
判決文が認定した事実(判決が「原審の適法に確定した事実関係等」として摘示するもの)
- バンドミュージックは、通常、録音現場で演奏、録音を行いながら作曲されており、作曲者自らが制作した完全な楽譜が存在しないことが多い。楽譜出版社は、著作権等管理事業者の許諾を得たうえで、音源を聴き取って各パートの演奏情報を書き起こす作業(判決は「採譜」と呼ぶ)をして、バンドスコアを制作・販売している。採譜は、専門的な音楽教育を受けたうえで相当な修練を積んだ者が、相応の時間をかけて行う作業である。
- 楽譜出版社(被上告人)は、579曲について、多大な費用、労力及び時間をかけて自ら採譜をし、バンドスコアを制作した。この楽譜は、音源を基に採譜をして制作されたもので、著作権法2条1項1号の著作物には当たらない。
- 競業者である会社(上告人会社)は、少なくとも平成23年12月から平成30年6月までの間、同じ楽曲のバンドスコアを制作し、自社のウェブサイトで無料公開して広告料収入を得た。制作は、会社の代表取締役が事前に購入した被上告人の楽譜を音源データと共に会社の担当者に渡し、会社において自ら採譜をすることなく、被上告人の楽譜に依拠して実質的に同一の表記をする方法で行われた。その内容は、完全に複製したとまではいえないものの、全体を細部まで模倣したといえるものだった。
- 被上告人の売上げは、無料公開されていた平成24年度から平成29年度までの間は平成23年度に比べて大幅に減少し、サイトが閉鎖された直後の平成30年7月から9月までの間は前年同期に比べて大幅に増加した。
- 被上告人は、会社と代表取締役に対し、共同不法行為に基づく損害賠償等を求めた。
資料から分かる、その前後の経過(裁判所ウェブサイトの掲載情報と報道による。判決文には書かれていない)
- 原審は東京高等裁判所の令和6年6月19日判決(令和3年(ネ)第4643号)である(裁判所ウェブサイトの掲載ページの原審欄による)。報道によれば、原審は模倣を認め、約1億6900万円の賠償を命じた。
- 最高裁第二小法廷は、令和8年10月9日、上告を棄却した。報道によれば、これにより原審の判決が確定した。
争点:著作物ではない楽譜の模倣に「特段の事情」はあるか
上告した側の主張(判決が「所論」として要約したもの)の要点は、次のとおりである。
- 被上告人の楽譜は、著作権法上の保護を受けない。
- したがって、その楽譜を利用した競業行為がされても、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情はない。
- それにもかかわらず、特段の事情があるとして不法行為の成立を認めた原審の判断には、法令の解釈適用の誤りと判例違反がある。
この要約から、原審が特段の事情を認めて不法行為の成立を肯定したことは分かる。原審がどのような理由づけをしたかは、判決文には書かれていない。
最高裁の判断:自由競争の範囲を逸脱した営業妨害は、特段の事情に当たる
1 判断の枠組み
判決は、まず、被上告人の楽譜は著作物に当たらないから、それについてされた「同法上の著作物の利用行為に相当する行為」は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成しない、とした。この部分に、平成23年12月8日の最高裁第一小法廷判決(民集65巻9号3275頁)を「参照」として掲げている。
そのうえで、その行為が、「単に著作物の利用行為に相当する行為であるというにとどまらず」、社会通念上自由競争の範囲を逸脱して営業を妨害し、営業上の利益を侵害するものといえるときは、楽譜を独占的に利用する利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するものとして、特段の事情があり、不法行為を構成する、とした。
2 本件で挙げた事情
- 被上告人は、多大な費用等をかけて自ら採譜をして楽譜を制作し、これを販売して費用等を回収することで、営業を継続していた。
- 会社は、少なくとも約6年半にわたり、579曲について、自ら採譜をすることなく被上告人の楽譜の全体を細部まで模倣する方法で楽譜を制作し、無料で公開して広告料収入を得ていた。長期間、多数の楽曲について営業を継続できたのは、模倣によって、制作に要するはずの多大な費用等の負担を免れていたことによる。
- 会社の楽譜は、制作方法等に照らすと、一般の利用者にとっては被上告人の楽譜と同程度の品質を有すると考えられる。無料公開の期間中に被上告人の売上げが大きく減少した期間があったことなども併せて考慮すると、本件行為は、被上告人から容易に顧客を奪取し、営業の継続に直接的かつ重大な悪影響を及ぼすものだった。上告人らがそのことを認識していたことは明らかである。
- 同様の行為が許容されれば、自ら多大な費用等をかけて採譜をし、楽譜を制作している楽譜出版社が市場において著しく不利な立場に置かれ、公正な競争秩序が害される結果となりかねない。
3 結論
判決は、これらの事情を総合して、本件行為は「著しく不公正な手段を用いて被上告人の営業の継続を困難にさせる競業行為」であり、社会通念上自由競争の範囲を逸脱して営業を妨害し、営業上の利益を侵害したものとした。そのため、楽譜を独占的に利用する利益とは異なる法的に保護された利益を侵害したものとして特段の事情があり、不法行為を構成する、とした。原審の判断は是認でき、「所論引用の判例に抵触するものではない」とした。
補足意見は何を述べたか
一方の補足意見(裁判官1人)の要点は、次のとおりである。
- 被上告人の楽譜は著作物に当たらないが、他人が音楽の著作権を有する楽曲の複製物で、著作物の利用に関係するものである。そのため、その模倣による利用行為が不法行為になるというには、平成23年判決が著作権法6条各号に該当しない著作物の利用行為について判示するところと「同様に」、特段の事情の主張立証が必要である。
- 特段の事情を要するのは、著作権法が権利成立の要件、保護範囲、救済手段、保護期間等を法定していることから、著作権の保護と、他人が創り出したものを利用して行う営業活動の自由との関係を調整しようとするものと理解できる。
- 著作権法等の保護の対象とされていない知的成果物は、多大な費用等をかけて創り出されたものでも、原則として、他者が模倣して自由に利用できる。しかし、あるビジネスモデルとこれと競合するビジネスモデルの衝突が生じる場合には、公正な競争秩序と模倣の自由とのバランスを考慮して検討する必要がある。費用等をかけて創り出され利益を上げていた商品を、競業者がそのことを認識しつつ、費用等をかけずに模倣し、消費者をより誘引する別の方法で市場に提供する行為は、営業妨害行為として不法行為に該当し得る場合がある。
- 現在ではバンドスコア制作を取り巻く状況に変化がある可能性はあるが、平成30年頃までの時期には、一般の利用者の使用に耐える程度の楽譜を制作するには多大な費用等をかけて採譜をする必要があった。会社の営業は、被上告人の費用等の負担を認識しながらこれに「フリーライド」をするもので、期間が長く、楽曲数も多数に上ることなどから、社会通念上自由競争の範囲を逸脱する営業妨害行為と評価できる、とする。
他方の補足意見(裁判官1人)の要点は、次のとおりである。
- 会社は、ウェブサイト運営を通じて広告料収入を得る手段として楽譜を無料で公開している。これには、財そのものを販売する対価から利益を得るという伝統的な営業形態によらず、情報化社会の特性を利用した新たな営業形態を自ら開発、実践した成果という側面がある。
- 競業行為が営業妨害行為に当たるかの判断では、時代を先取りした新種ビジネスの展開が、競争原理を根幹とする取引社会において社会の活力の源泉となるという積極的意義を有することも、考慮しなければならない。
- それでも、本件は、専ら自らの創意と才覚によって新種ビジネスを遂行しているケースとは異なり、従来のビジネスモデルの成果に便乗しこれを利用しながら、新たなビジネスモデルの果実を独占的に収受したケースである。公正な競争秩序を害する方法で、従来のビジネスモデルに基づく市場参加者を著しく不利な立場に置くもので、許容できない、とする。
先例や原判決と比べると
以下は、判決文と、公開されている先例の判決文を並べて読んだときに見える点である。判断の当否ではなく、文章を突き合わせた整理として書いている。
平成23年判決(最高裁第一小法廷 平成23年12月8日、平成21年(受)第602号・第603号)との文章の比較
- 対象の書き方:平成23年判決は、外国で製作された映画が著作権法6条3号の著作物に当たらないとしたうえで、「同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は」、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成しない、と述べていた。著作物ではあるが、同法による保護を受けないもの、という形の文章である。本判決は、同じ特段の事情の文言を用いながら、対象を、2条1項1号の著作物に当たらない楽譜についての「同法上の著作物の利用行為に相当する行為」と書いている。
- 引用の仕方:本判決は、枠組みを述べた一文の末尾に、平成23年判決を「参照」として掲げている。続く一文(自由競争の範囲を逸脱する営業妨害があれば特段の事情があるとする部分)には、先例の引用は付されていない。一方の補足意見は、平成23年判決が判示するところと「同様に」特段の事情の主張立証が必要と述べている。
- 営業妨害への言及:平成23年判決にも、仮に原告側の主張が、営業が妨害され営業上の利益が侵害されたことをいうものと解し得るとしても、その放送が「自由競争の範囲を逸脱し」、営業を妨害するものであるとは到底いえない、とした部分がある。そこでは、テレビニュース番組で約6分間の企画の中で、2時間を超える映画のうち合計2分8秒間分を放送したにすぎないことなどが挙げられ、不法行為は否定された。本判決は、自由競争の範囲を逸脱する営業妨害を、特段の事情があるといえる場合として規範の形で述べ、本件ではそれを肯定した。
- 保護される利益の書き方:平成23年判決は、原告側が主張する利益は同法が規律の対象とする独占的な利用の利益にほかならない、として不法行為を否定した。本判決は、肯定する利益を、楽譜を「独占的に利用する利益とは異なる」法的に保護された利益と書いている。
原判決(東京高裁 令和6年6月19日)との関係
判決文から分かるのは、原審が特段の事情があるとして不法行為の成立を認めたこと、最高裁が、その判断を「是認することができ」るとしたことである。判決文は、原判決の理由づけを引用していない。
この判決が示したこと、判断していないこと(判決文に書かれていることの整理)
- 示したこと:平成23年判決を参照として特段の事情の枠組みを置き、特段の事情があるといえる場合の一つとして、社会通念上自由競争の範囲を逸脱する営業妨害を挙げたこと。本件でそれを認める事情として、模倣の方法、期間と楽曲数、費用負担を免れていたこと、品質と顧客の奪取、売上げの減少、上告人らの認識、公正な競争秩序への影響を挙げ、これらを「総合」して判断したこと。
- 判断の対象になっていないこと:楽譜の著作物性そのもの(原審で確定した事実関係として前提にされている)。損害額。
残された問い
- 法廷意見は、複数の事情を総合して判断しており、どの事情が欠けると結論が変わるのかは、判決文からは分からない。
- 法廷意見は、特段の事情があるといえる場合として営業妨害を挙げたが、それ以外にどのような場合があるかは述べていない。
- 一方の補足意見は、楽譜が他人の楽曲の複製物で、著作物の利用に関係するものであることを、特段の事情を要する理由として挙げている。著作物の利用に関係しない成果物の模倣について、同じ枠組みによるのかは、法廷意見には書かれていない。
- 一方の補足意見は、現在ではバンドスコア制作を取り巻く状況に変化がある可能性に触れつつ、平成30年頃までの時期について述べている。制作に要する費用等の事情が異なる場合については、判決文は扱っていない。
- 他方の補足意見は、新種ビジネスの積極的意義を考慮すべきとしつつ、本件は専ら自らの創意と才覚によって新種ビジネスを遂行しているケースとは異なるとした。そうしたケースについては、判決文は扱っていない。
資料
- 要旨(ITJ Lab 判例ウォッチ)
- 解説(最高裁令和8年10月9日判決と補足意見)
- 判決:裁判所ウェブサイトの掲載ページ
- 判決:全文(PDF)
- 平成23年判決(最高裁第一小法廷 平成23年12月8日、平成21年(受)第602号・第603号、民集65巻9号3275頁)
- 著作権法(2条1項1号、6条):e-Gov法令検索(2026年10月18日取得)
- 民法(709条、719条):e-Gov法令検索(2026年10月18日取得)
事件の経過のうち、原審の結論、賠償額、判決の確定は、時事通信、朝日新聞の報道による。第一審の判決は確認できていないため、記載していない。
本記事は公開された裁判例の紹介で、個別の事件についての法的助言ではありません。当事者名・会社名・裁判官名は記載していません。