競争はなかったとの主張は、なぜ退けられたか:リニア談合事件、最高裁令和8年9月14日決定を読む
(最高裁判所第三小法廷 令和8年9月14日決定、令和5年(あ)第395号、独占禁止法違反被告事件、上告棄却)
法律相談・法的助言ではありません。決定文の全文は裁判所ウェブサイトにあります。本稿は、決定文から言えることと、先例などの資料を並べて読んだ整理とを、分けて書いています。
結論を先に
最高裁は、リニア中央新幹線の駅新設工事の受注調整について、指名された4社それぞれに、工事を現実に施工できる能力があったと認めた。そのうえで、4社の幹部らによる情報交換等は「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」(独占禁止法2条6項)ものに当たるとして、上告を棄却した。全員一致の決定で、裁判官1人の補足意見がある。
争点は、施工できる事業者が事実上限られていたのなら、そもそも競争がなかったのではないか、という主張にあった。決定は、競争の実質的制限を判断する入口として、当事者の意思ではなく、各社の施工能力に関わる客観的な事実から、現実的な供給可能性があったかを検討するのが相当だ、という順序を示した。
何が起きたか(事案の経過)
決定文が認定した事実
- 発注者は、4社を指名し、競争見積りの方法で、リニア中央新幹線の品川駅と名古屋駅の地下ターミナル駅新設工事を、順次発注した。
- 4社の幹部らは、平成26年4月下旬頃(1社の幹部は平成27年1月下旬頃)から平成27年8月下旬頃までの間、受注予定事業者を決めること、その事業者が受注できる価格で見積りをすることなどを合意した。合意に従い、見積書の提出前に、受注予定事業者のJVの見積価格等の情報を、他社の従業者に連絡した。
- 4社は、国内最大手の総合建設業者で、営業中の鉄道線に近接する工事の施工実績と、既設の構造物の下に新しい構造物を造る工事の経験を、それぞれ持っていた。
- 発注者の最初の見積りは、予算との関係で、価格協議先の選定に至らなかった。そこで、工事の一部を切り出す形の条件変更をして、再出件した。切り出された工事のうち、品川駅の北工区その1工事は一方の事業者が、南工区その1工事は別の事業者が、それぞれ最安値の見積りで契約した。名古屋駅の中央工区は、手続が中止されたのち、施工範囲を限定して再出件され、最終的に低い見積価格を出した事業者が契約した。
資料から分かる、その前後の経過(公取委の発表、裁判所の判決、報道による。決定文には書かれていない)
- 東京地検特捜部は、平成30年3月23日に、4社と幹部2人を起訴した。うち2社は起訴内容を認め、平成30年10月22日に、東京地裁が罰金刑を言い渡した(確定)。残る2社と、その幹部2人は争った。
- 公正取引委員会は、令和2年12月22日、4社に排除措置命令を出し、工事を受注した2社には、課徴金納付命令も出した。
- 争った2社と幹部2人に、東京地裁は令和3年3月1日、有罪判決(幹部は懲役1年6月・執行猶予3年、2社は罰金2億5000万円)を言い渡した。東京高裁は、令和5年3月2日、控訴を棄却した(令和3年(う)第784号)。
- 最高裁第三小法廷が、令和8年9月14日に、上告を棄却した。
争点:施工できる事業者が限られていたら、競争はないのか
上告した側の主張の要点は、決定文によれば、次のとおりである。
- 本件新設工事は、類例のない大規模かつ高難度のものだった。
- 現実に施工できる事業者は、4社のうち、発注者の依頼で出件前に技術的検討をしていた特定の事業者に、事実上限られていた。
- 他の事業者は、発注者への営業上の配慮などから手続に参加し、形だけ見積書や技術提案書を出したにすぎない。
つまり、「競争」そのものが存在しなかったから、競争を実質的に制限することもできない、という主張である。
最高裁の判断:客観的な供給能力から、順に見る
1 判断の順序
決定は、競争の実質的制限に当たるかを判断するにあたり、まず、工事の内容・性質を前提に、各社の施工能力に関わる客観的な事実から、供給が現実的に可能であったかを検討するのが相当だ、とした。
2 4社に、現実的な供給可能性があった、と認めた理由
- 4社は高い技術力と人的・物的資源を持ち、営業線近接工事や地下構造物構築工事の実績があった。各工区の工事は、工種・工法に相互の類似性・共通性があり、受注目標としていない工区も、施工できたといえる。
- 4社は、技術提案の内容を独自に検討し、発注者から不適格とは評価されなかった。専門業者やJVを構成する事業者の技術・資源も活用し得る立場にあった。
- 決定が「何より」と位置づけたのは、実際の施工状況である。発注者の依頼による技術的検討の対象でなかった名古屋駅の工事を、一方の事業者が、同じく、検討をしていなかった品川駅の北工区の工事を、別の事業者が、それぞれ施工した。工事は分割可能で、分割して出件された工事は、本件新設工事の重要な部分を構成する。
- この事実は、①事前の検討をしていなくても、発注者の需要を満たす水準の役務を供給する能力があったことを根拠づけ、②事前の検討をしていた事業者が、自分の意思で取引条件を決めようとするのを、牽制するに足る施工能力があったことを示す、とした。
3 競争の実質的制限に当たる、という結論
4社それぞれに現実的な供給可能性があったという客観的な状況の下での情報交換等は、競争が機能するための前提を失わせ、受注者と受注価格等を、4社の意思で、ある程度自由に左右し得る状態をもたらす。だから、競争の実質的制限に当たる、とした。原判決は、その結論において是認できる、とした。
補足意見は何を述べたか
補足意見(裁判官1人)の要点は、次のとおりである。
- 意思の連絡と、それに基づく相互拘束と評し得る形式的な行為があれば、直ちに競争の実質的制限があったと推認する、という考え方に立って、客観的な法益侵害の検討をおろそかにするのは、相当でない。
- 少なくとも2以上の事業者に、商品・役務を供給することが現実的に可能な状況、つまり、他の事業者を牽制するに足る供給能力があったと客観的に認められなければ、競争に対する弊害という客観的な法益侵害が生じる前提を欠く。
- だから、まず、各事業者の供給実績、活用可能な技術、人的・物的資源といった、供給能力に関わる客観的な事実を基に、供給が現実的に可能だったかを検討すべきである。需要者が競争を期待していたとか、事業者らが協調する意思を通じていたといった、関係者の主観的な事情は、結論を左右する決定的な要素ではない。
- 指名競争見積手続への参加や見積書の提出は客観的な事実だが、手続に参加する事情は様々なので、施工能力の有無に必ずしも直結せず、これを重視して施工能力を評価するのは相当でない。
先例や、これまでの判断と比べると
以下は、決定文と、公開されている先例・判決文を並べて読んだときに見える点である。判断の当否ではなく、文章を突き合わせた整理として書いている。
多摩談合事件(最高裁第一小法廷 平成24年2月20日)との言葉の重なり
多摩談合事件の判決は、独占禁止法2条6項の「競争を実質的に制限する」とは、市場が有する競争機能を損なうことをいい、受注調整の場合には、当事者が「その意思で…落札者及び落札価格をある程度自由に左右することができる状態」をもたらすことをいう、と述べている。本決定の「受注者及び受注価格等を…意思である程度自由に左右し得る状態」という言い回しは、これと重なる。ただし、決定は、この判決を引用していない。明示的な踏襲なのか、同じ内容の言い直しなのかは、決定文からは分からない。
原判決(東京高裁 令和5年3月2日)との比較
原判決も、供給可能性を検討し、2以上の事業者が供給可能だったから、「競争性に欠けるところはない」とした。あわせて、発注者が、特定の事業者に発注すると決めておらず、競争によって受注業者を選ぶ意思を有していた、という認定もしている。これに対して、最高裁の法廷意見は、発注者の意思には触れていない。補足意見は、需要者が競争を期待していたといった主観的な事情は、決定的な要素ではないと述べている。判断の重心を、客観的な供給能力に置く点で、最高裁のほうが、はっきりしている。
行政訴訟の判決との比較
同じ受注調整について、排除措置命令の取消しを求めた行政訴訟がある。東京地裁は令和6年6月27日に、東京高裁は令和7年5月15日に、それぞれ請求(控訴)を棄却した。地裁判決は、独占禁止法2条4項の「競争」には、需要者にとって、少なくとも2以上の事業者に実質的な供給可能性が認められることが必要だ、と述べている。刑事事件の決定は、2条4項に言及していないが、補足意見の「少なくとも2以上の事業者」に現実的な供給可能性という表現は、数の考え方として、これと同じ方向を向いている。
この決定が示したこと、変えていないこと
- 変えていないと読めるもの:有罪という結論。多摩談合事件の判決に示された、実質的制限の中心(意思で、ある程度自由に、落札者と価格を左右できる状態)。
- 示したと読めるもの:競争の実質的制限を検討する順序として、客観的な供給可能性の検討から入ること。各社「それぞれ」に、供給可能性を認定したこと。事前の検討をしていなかった事業者にも、供給能力があったことを、実際に施工した事実(事後の事実)で根拠づけたこと。
残された問い
- 供給できる事業者が、実際に限られる大型・特殊な工事で、どこまでの客観的事実があれば、「現実的な供給可能性」が認められるのか。本決定は、事案に即した判断で、一般的な基準を示してはいない。
- 供給可能性を、独占禁止法2条4項の「競争」の問題として扱うのか、2条6項の「競争の実質的制限」の中で扱うのか。決定は後者の形で検討したようにも読めるが、明示はしていない。
- 排除措置命令の取消訴訟(行政事件)について、報道には、上告したとするものがある。刑事事件の決定が、そちらの判断に及ぼす影響は、この段階では分からない。
資料
- 決定文
- 原判決(東京高裁 令和5年3月2日、令和3年(う)第784号)
- 多摩談合事件(最高裁第一小法廷 平成24年2月20日、平成22年(行ヒ)第278号)
- 行政訴訟(東京地裁 令和6年6月27日、令和3年(行ウ)第83号等/東京高裁 令和7年5月15日、令和6年(行コ)第216号)
- 独占禁止法(2条4項・6項、3条、89条、95条)
- 公正取引委員会 排除措置命令等の発表(令和2年12月22日)
事件の経過は、日本経済新聞、共同通信などの報道による。