事務作業にAIをどう使うか ― 何を任せ、何を任せないか
これは効果を保証する記事ではありません。うまくいった点も、確認が必要だった点も、途中経過としてそのまま書きます。ツールの仕様は更新が早いので、実際に使う前に、各サービスの最新の説明を確認してください。(2026年9月時点)
法律事務所の事務作業にAIを使う話は、「便利になった」という感想か、「守秘義務が心配だ」という不安のどちらかに寄りがちです。ここでは、私が実際に試した場面と、任せる範囲・任せない範囲の線引きを記録します。
基本方針:任せる作業と、任せない作業
最初に、線引きを決めました。任せるのは、下書きや補助として使う次の作業です。
- 文章の下書き、整形、言い換え
- 公開資料の要約、翻訳
- 定型的な文書の雛形づくり
- 表計算やコードによる定型作業の自動化
- 調査の補助、そして裏取りの補助
任せないのは、弁護士が行う次の作業です。
- 法的な判断と結論
- 提出・送付する書面の最終確認
- 依頼者や事件の情報の入力(次項)
- 期日や期限の管理の唯一の手段にすること
- 外部への送信、公開のボタンを押すこと
要点は、AIは「下書きを作る人」であって、「責任を取る人」ではないという整理です。出力の内容は、すべて弁護士が確認し、弁護士の名前で出すものとして扱います。
情報の扱い:守秘義務が最優先
事務作業にAIを使うとき、最初に決めるべきなのは、機能ではなく、何を入れてよいかです。私は次の3段階で考えています。
- 入れてよい:すでに公開されている資料(自分の事務所のウェブページ、公開された判決、官公庁の資料)。
- 加工すれば入れてよい:匿名化し、事件が特定できないようにした一般的な事例や、架空の事例。
- 入れない:依頼者や相手方が特定できる情報、受任事件の具体的な内容、証拠、戦略。
あわせて、次の点も確認します。条文の確認は、各自で行ってください。
- 守秘義務(弁護士法23条、職務基本規程23条)と、個人情報保護法上の第三者提供・委託の整理。
- 使うツールの設定:入力した内容が学習に使われるか、どこに保存されるか、消去できるか。サービスごとに違うため、契約や設定の画面で確認します。
- アカウントの保護:二要素認証を必ず設定します。AIのアカウントには、入力した内容の履歴が残るためです。
実際に試した場面
1つ目は、ウェブサイトの構築と修正です。このサイトを作る際に、画面の生成(v0)と、コードの修正・文章の推敲(Claude)を使いました。学びは2点ありました。
- AIが作ったコードには、動くように見えても不具合が混じる。ボタンの書き方が、使っている部品に対応しておらず、リンクが正しく動かない形になっていました。しかも設定でエラーを無視する状態になっていたため、ビルドは通っていました。
- AIが作った文章には、事実と違う内容が混じる。最初のダミー文には、実際には始めていない実験が「実験中」として並んでいました。弁護士広告の観点からも、事実と合っているかの確認が必須です。
2つ目は、調査結果の裏取りをAIにさせたことです。別のAI調査ツールが出した日本語のレポートを、英語の記事に使えるかを検討しました。ここでは、AIに元の資料を取りに行かせ、突き合わせる作業をさせました。結果は次のとおりです。
- 総務省の統計の数字は、原文と一致していた。
- 「知財高裁の判決」とされていた日付と裁判所は、出典のPDFを開くと、東京地裁の別の日付の判決だった。
- 出典の一覧には、無関係なページ(食品や税の情報など)が多数混ざっていた。
AIの調査結果は、そのまま使わず、一次資料で確認します。この作業自体を別のAIに手伝わせると、確認の手間がかなり減ります。ただし、確認した結果の判断は、人が行います。
3つ目は、日報のチャット自動集約の設計です。社内のチャットに届く日報を、決まった時刻に別のスペースへまとめて転送できないか、という相談をしました。実装したものではなく、設計を検討した段階です。検討で出た注意点は、次のとおりです。
- 読み取りは、元のアカウントでの認証が必要で、書き込みだけの仕組み(Webhook)では、内容を読めない。
- 取得後に「現在時刻」を保存すると、その間に届いたメッセージを取りこぼす。最後に取得したメッセージの時刻を保存する。
- 個人のアカウントで使えるかは、事前に小さく試して確認する。
- 添付ファイルや、編集・削除されたメッセージは、そのままでは拾えない。
導入の進め方:小さく、記録を残す
- 1つの作業から始める。影響が小さく、間違えても修正できる作業(社内向けの文書の整形など)を選びます。
- 入れてよい情報の範囲を、文書にする。上の3段階を、事務所内のルールとして書き出します。
- 必ず人が確認する工程を入れる。確認する人と、確認した記録を決めます。
- うまくいかなかった点も記録する。失敗の記録が、次の改善の材料になります。
- 期日・期限は、AI以外の管理も残す。便利なツールほど、止まったときに気づけません。
こうした発信をするときの注意
事務作業へのAI活用は、それを発信すれば、事務所の広告にも当たります。次の点に注意しています。
- 効果を断定しない。「作業時間が◯割減った」「ミスがなくなる」など、根拠を示せない数字や断定は書きません。
- 「AIが弁護士業務を代わりに行う」と読める表現を避ける。法的な判断と責任は、弁護士にあります。
- 「AI法律相談」などの名称を使わない。相談者が、AIから法的助言を受けられると誤認しないようにします(弁護士法72条への配慮)。
- 実施していないことを「実施中」と書かない。検討段階のものは、検討段階と明示します。
規程の条文は、公開前に、日弁連の業務広告に関する規程と指針で確認してください。
導入前のチェックリスト
- 入れてよい情報の範囲を、文書にしている
- ツールの学習・保存・削除の設定を確認した
- アカウントに二要素認証を設定した
- 出力を、弁護士が最終確認する工程がある
- 判決の引用、数字、日付は、一次資料で確認している
- 期日・期限の管理を、AIだけに頼っていない
- 発信する内容が、広告規制に照らして問題ない
今後
次のテーマは、実際に進めた段階で記録します。進んでいないものは、進んでいないと書きます。うまくいかなかったことも含めて、記録するつもりです。
- 定型的な事務作業の自動化(日報の集約を含む)
- 公開された裁判例の検索と要約への活用と、その限界
本記事は、業務広告に関する規程等の遵守や、特定のツールの安全性を確認したものではなく、一般的な情報提供です。ツールの仕様や料金は変更されることがあります。