経営者の遺言は「自社株の行き先」だけでも先に書く ― 株式が相続人の共有になると会社で何が起きるか
この記事は、法律の一般的な説明です。会社の定款、株主の構成、相続人の関係、税金などによって、とるべき対応は変わります。個別の事情については、専門家に確認してください。
結論から
社長が会社の株式の多くを持っている会社では、遺言がないまま社長が亡くなると、株式は相続人全員の共有になります。誰が株主としての権利を使うかが決まるまで、株主総会で決議ができず、会社の意思決定が止まりやすくなります。
財産全体の分け方まで決めきれなくても、「自社株を誰に継がせるか」だけを書いた遺言は作れます。これを先に作っておくと、相続が始まったときの空白を小さくできます。自分で書いた遺言を法務局に預ける制度を使えば、手数料は遺言書1通につき3,900円で、証人も要りません。
1. 遺言がないと、株式は相続人の「共有」になる
民法は、相続人が複数いるときは、相続財産は相続人の共有になると定めています。株式も同じで、遺産分割が終わるまでは、相続人全員が1つ1つの株式を共同で持つ状態(準共有)になります。
相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。
そのうえで会社法は、共有の株式について、権利を使う人を1人決めて会社に通知しなければ、権利を使えないと定めています。
株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定め、株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない。ただし、株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は、この限りでない。
株主総会で議決権を使うのも、この「権利を行使する者」です。相続人の間で決まらなければ、亡くなった社長が持っていた株式の議決権は、原則として使えません。ただし書の「会社の同意」があっても、民法の共有のルールに従っていない権利の行使は適法にならない、と最高裁判所は判断しています(後で紹介する平成27年の判決)。
社長が大株主だった会社で起きること
- 取締役が社長1人だけの会社では、新しい取締役を選ぶ株主総会の決議ができず、会社を代表して契約や手続をする人がいない状態が続くおそれがあります。
- 会社名義の契約、金融機関との取引、会社が受取人の保険金の請求など、代表者の名前で行う手続が滞ることがあります。
- 遺産分割の話し合いでは、自宅や預金など、ほかの財産の分け方も一緒に決めます。話し合いが長引くと、そのあいだ会社の意思決定も止まります。
取締役が複数いる会社や、社長以外の株主が多い会社では、影響の出方は変わります。まず定款と株主名簿で、社長の持株比率と取締役の構成を確かめておくと、どこが止まるかが見えてきます。
2. 権利を使う人は「持分の過半数」で決まる
権利を使う人をどう決めるかは、相続人の多数決です。数え方は人数ではなく、持分(法定相続分)の大きさです。最高裁判所は、共有の株式の議決権の行使は、特段の事情のない限り、株式の管理に関する行為として、民法252条により、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決まると判断しています(最高裁判所第一小法廷平成27年2月19日判決、平成25年(受)第650号)。
例:社長の相続人が、妻・長男・長女の3人の場合
- 法定相続分は、妻が2分の1、長男と長女が4分の1ずつです(民法900条)。
- 後継者の長男が反対しても、妻と長女が合意すれば、持分の過半数になります。
- その結果、後継者でない相続人の考えで議決権が使われ、取締役の顔ぶれが決まることもあります。
家族の仲が良くても、相続の話し合いでは、会社と関係のない財産の分け方をめぐって意見が分かれることがあります。会社の株式が、その交渉の材料になってしまうこともあります。
3. 株式が分かれて渡ったときの問題
遺産分割の結果、株式が後継者以外の相続人にも分かれると、その人たちは株主として権利を持ち続けます。代表的なものを3つ挙げます。
議決権の3分の1を超えると、重要な決議を止められる
定款の変更、合併などの組織再編、事業の全部の譲渡などには、株主総会の特別決議が必要です。特別決議は、原則として、議決権の過半数を持つ株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成で成立します(会社法309条2項。定足数や賛成の割合は、定款で一定の範囲で変えられます)。そのため、株主全員が出席する場合、3分の1を超える議決権を持つ株主が反対すると、決議は成立しません。
3%以上で、会計帳簿の閲覧を請求できる
議決権の100分の3以上、または発行済株式の100分の3以上を持つ株主は、会社の営業時間内はいつでも、会計帳簿やその資料の閲覧・謄写を請求できます(会社法433条1項。割合は定款で引き下げられます)。株主の正当な権利ですが、経営陣との関係がこじれていると、対応の負担が大きくなりやすく、閲覧で得た情報をもとに取締役の責任を問う訴え(株主代表訴訟)が起こされることもあります。
定款の「相続人等に対する売渡しの請求」
株式会社は、相続その他の一般承継により当該株式会社の株式(譲渡制限株式に限る。)を取得した者に対し、当該株式を当該株式会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができる。
この定めがある会社では、相続で株式を取得した人に対して、会社が売渡しを請求できます。後継者以外の相続人から株式を集める手段になる一方で、株主総会の状況によっては、後継者自身が相続した株式に向けられることもあります。遺言を作るときは、定款にこの定めがあるかも確かめておきます。
4. 解決策:自社株の行き先だけを書いた遺言
遺言は、全財産について一度に書く必要はありません。特定の財産を、特定の相続人に承継させる遺言も作れます。民法は、これを「特定財産承継遺言」と呼んでいます(民法1014条2項)。
遺言で行き先が決まった株式は、遺産分割の話し合いを待たずに、相続の開始と同時に後継者に移ると考えられています。遺言に書かなかった財産は、これまでどおり相続人の話し合いで分けます(その際、後継者が株式を受け取ったことが考慮されることがあります)。
後継者は、遺言書(法務局に預けた場合は、法務局が出す「遺言書情報証明書」)などを会社に示して、株主名簿の書換えを請求し(会社法133条)、株主として議決権を使います。
文例(一般的な例)
遺言書
第1条 遺言者は、遺言者の有する株式会社〇〇〇〇(本店 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号、会社法人等番号 〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇〇〇)の株式の全部を、遺言者の長男〇〇〇〇(〇〇年〇月〇日生)に相続させる。
第2条 遺言者の長男〇〇〇〇が遺言者の死亡以前に死亡したときは、前条の株式の全部を、〇〇〇〇(〇〇年〇月〇日生)に相続させる。
第3条 遺言者は、この遺言の遺言執行者として、長男〇〇〇〇を指定する。
令和〇年〇月〇日
住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
遺言者 〇〇〇〇 ㊞
- 全文、日付、氏名を自分の手で書き、印を押します(民法968条1項)。財産目録を付ける場合、目録は自書しなくてよく(パソコンで作ったものや登記事項証明書の写しでもよい)、各ページに署名と押印をします(同条2項)。
- 「株式の全部」と書いておくと、遺言を書いたあとで持株数が変わっても対応しやすくなります。
- 第2条は、後継者が先に亡くなった場合の備えです。この定めがないと、その部分の遺言は原則として効力を生じないと考えられているため、書いておくと安心です。
- 相続人でない人(孫、役員、従業員など)に渡す場合は、「相続させる」ではなく「遺贈する」と書きます。
- 遺言執行者を決めておくと、株主名簿の書換えなどの手続を進めやすくなります。
遺留分には、別に備える
遺言で株式をすべて後継者に継がせても、ほかの相続人には遺留分(法律が保障する最低限の取り分)があります。2019年7月1日に施行された改正後は、遺留分の請求は、株式そのものを取り戻すのではなく、お金の支払を求める形になりました。
遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
株式は後継者に残りますが、そのかわりに後継者がまとまったお金を払うことになる場合があります。株式の評価、生命保険の使い方、経営承継円滑化法の「遺留分に関する民法の特例」などは、別に検討が要ります。相続税・贈与税(事業承継税制を含む)も、この記事では扱っていません。
5. 法務局の「自筆証書遺言書保管制度」
自分で書いた遺言書(自筆証書遺言)は、法務局(遺言書保管所)に預けることができます。根拠は「法務局における遺言書の保管等に関する法律」です。
- 手数料:保管の申請は、遺言書1通につき3,900円です(収入印紙で納めます)。
- 証人:要りません。証人2人以上の立会いが必要なのは、公正証書遺言です(民法969条1号)。
- 申請:遺言者本人が、予約をしたうえで、遺言書保管所に自分で出向きます(同法4条6項)。代理人による申請や郵送はできません。
- 様式:法務省令で定める様式に従って作り、封をしないで持参します(同法4条2項)。
- 検認:法務局に保管された遺言書は、家庭裁判所の検認が要りません(同法11条)。
- 通知:遺言者が亡くなったあと、遺言者が指定した人に、遺言書が保管されていることを知らせてもらう「指定者通知」の制度があります。
民法第千四条第一項の規定は、遺言書保管所に保管されている遺言書については、適用しない。
法務局が見てくれること、見てくれないこと
法務局で保管できるのは、所定の様式を満たした遺言書です。一方で、法務局は、遺言の内容についての質問や相談には応じていません。会社や株式の特定のしかた、相続人の書き方など、内容が意図どおりの効力を持つかは、自分で確かめるか、専門家に相談する必要があります。
書き直しと撤回
遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、遺言の全部または一部を撤回できます(民法1022条)。前の遺言と後の遺言の内容が食い違う部分は、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされます(民法1023条1項)。
法務局に預けた遺言書は、保管の申請を撤回すれば返してもらえます(撤回の手数料はかかりません)。ただし、保管の申請の撤回は、遺言の効力とは関係がありません。書き直すときは、新しい遺言書を作って、あらためて保管を申請します(このときも1通3,900円です)。
公正証書遺言との違い
| 自筆証書遺言(法務局に保管) | 公正証書遺言 | |
|---|---|---|
| 作る人 | 遺言者が自分で書く(財産目録を除く) | 公証人が作る |
| 証人 | 要らない | 2人以上 |
| 費用 | 保管の手数料 1通3,900円 | 財産の額などに応じた公証人の手数料 |
| 検認 | 要らない | 要らない(民法1004条2項) |
| 内容について | 法務局は内容の相談に応じない | 公証人が関与して作る |
自分で全文を書くのが難しい場合や、内容が複雑な場合は、公正証書遺言のほうが向いていることもあります。まず自社株の部分だけを自筆で書いて法務局に預け、財産全体の遺言はあとで公正証書で整える、という順番も考えられます。
まとめ
- 遺言がないと、自社株は相続人の共有になり、権利を使う人が決まるまで、会社の意思決定が止まりやすくなります。
- 権利を使う人は持分の過半数で決まるため、後継者の考えどおりにならないことがあります。
- 株式が分かれて渡ると、3分の1を超える議決権で特別決議を止められ、3%以上で会計帳簿の閲覧を請求されます。
- 自社株の行き先だけを書いた遺言でも作れます。法務局の保管制度なら、1通3,900円、証人不要、検認不要です。
- 遺留分、定款の売渡しの請求、税金は、別に確認が要ります。